第82章 夢幻泡影
お手洗いに行って、涼太に連絡しようかな。
あっ、でも……まだ、追加の飲み物を頼んだばかりだった。
飲み残しをしたまま、席を立たない方がいいと強く注意されたばかり。
家に帰ってから、連絡すればいいかな。
……でも、なんて言えばいいんだろう。
金額を知って慌てて連絡をするなんて、失礼なんじゃないか。
でもでも、そんな高価な物……うう……
「神崎さん」
「あっ、はい」
いつの間にか、隣にはタケさんが座っていた。
以前、車で出かけないかと誘われたのを断ってから、なんとなく申し訳なくて話しかける事も出来ず、お話すること自体がとても久しぶりだ。
「ね、ちょっと抜けない?」
「え……?」
「オレ、肉美味い店知ってんだ。行こうよ」
既視感を感じる。
前回もこうやって誘われたんだった。
そうだ、今回は皆も誘えばいいんじゃないか。
「あ、じゃあ皆さんにも声を掛けてみます」
「ちーがうって。俺は神崎さんと行きたいの」
え……。
前もそうだったけれど、どうしてわざわざ私を誘ってくれるんだろう。
彼とは、殆ど関わりがない。
私自身、男性が苦手なのは相変わらずだから、普段接触するのは女の子ばかりだし……。
「あの……えっと……すみません、私、明日朝が早いので、今日はこの会が終わったら、すぐに帰らなければならなくて」
特に早朝からの予定はないのに、一所懸命断り文句を考えてしまう。
この不自然さに、気づいてしまっているだろうか?
「えー、俺の誘いを断っちゃう? 悪いようにはしないけど」
「っや……っ」
突然肩を抱かれて引き寄せられ、咄嗟に振りほどいてしまった。
ぞぞ、と背を這うような嫌悪感が上がってくる。
「いってー……なんだよ」
「す、すみません!」
声色が、変わった。
明らかに苛ついているその声は、閉じ込めていた扉の向こうから聞こえてくるものと同じ。
「も、申し訳……あり、ません」
勝手に震える手を止めようと、強く握っているのに効果がない。