第82章 夢幻泡影
「神崎さん、彼氏は社会人なの?」
「んぐっ、ん、え?」
翌週、ゼミのメンバーから誘われた、大衆居酒屋での懇親会で、突然そんな事を聞かれて。
話しかけられた彼女とは今まで、そんな話をした事がない。
金髪に近い茶髪で日に焼けた、いつも明るくて健康的な子だ。
「……誰かから、聞いた……んですか?」
いやいや、そう返してみたものの、むしろ殆どのひとと恋愛に関する雑談なんてしていない間柄だ。
「ううん。あ、もしかして学生?」
それにしても……交際相手がいるのは間違いないという前提の質問の仕方。
「……えっと、私……お付き合いしているひとは、いなくて」
「えーっ、じゃあ家がお金持ちなんだぁ、いいなぁ! あ、次なんか飲む?」
「……? あっ、うん、じゃあ頼もうかな」
ますます彼女の質問の意図が分からない。
ラミネートされたドリンクメニューとにらめっこをして、グラスワインを頼んでから再度彼女に向き直った。
「あの……うちはお金持ちでもないし、どちらかと言うと、彼氏いなそう、って言われる事の方が多いのだけれど……」
「そう? でも持ってる物見たら分かるよ。女子大生がちょっと買えるような物じゃないのばっかだもん。だから年上の彼氏なのかなって」
「え……」
持っている、物?
そんなに高価な物なんて、持っていないけれど……?
学校で出している物と言えば、涼太に貰ったペンケースとか……荷物の種類によっては、この間貰ったバッグとか……今思えば、涼太からプレゼントして貰った物ばかりだ。
「神崎さんが使ってるペンケース、いくらだか知ってる? 7万だよ」
「なっ……!?」
今のは、聞き間違いだろうか。
我が家の家賃よりも高い金額が飛び出した気がするんだけれど。
「ははっ、やっぱり知らないんだね。独占欲が強い彼氏なんだー」
「独占欲……どうして?」
「疎い彼女に女子大生がちょっと買えそうにない日用品を与えておいて、彼氏がいる事を匂わせるとか、独占欲以外のナニモノでもないっしょ」
彼女はあははと笑ってビールのジョッキをあおった。
そ、そんな高価な物だったなんて……。