第82章 夢幻泡影
ぽん、と頭の中に涼太が現れて、にこにこと笑っている。
そうだ。今日、閑田さんについて来た理由が薄れてしまっていた。
「あっ、あの、お約束どおりですね、その件ですが」
「はいはい、わかってるよ。付き合ってる事だろ、誰にも言いやしないって」
また何か条件を付けられたらどうしよう……なんて思ったけれど、閑田さんはあっさりとそう言った。
「……ありがとう、ございます」
肺のもっと奥の方から、深い溜息が漏れた。
お水を口に運ぶと、口の中がかなり渇いていた事に気がつく。
「なんでそんなに警戒すんのかね? まあ確かに人気者ではあるけど、別に芸能人な訳でも、まだプロになったわけでもないのに」
訝しげな表情を浮かべた閑田さんは、蓮根をつまみながらそう一言。
「……彼には、まだまだ先の未来があるので」
「みわにもあんだろ」
そう、なのかもしれないけれど、そうじゃなくて。
……うまく答えられない、質問だ。
「私は……私のはそんな大層なものじゃなくて」
これだけ言い淀んで、全く説得力がない自覚はある。
どれだけこの質問をされただろうか。
相変わらず、うまく説明が出来ないんだ。
涼太と私の生命は平等ではない。
彼とは背負っているものが違いすぎるし、彼が居なくなる事によって起こり得る影響の数々は、私の比ではない。
あんなに、きらきらした、太陽みたいな……。
「……ふーん、まあいいや。今度はもっとデートらしい店に付き合って貰えるよう、俺も精進しますよ」
「……すみ、ません……」
チェーン店の定食屋さんを選んだのがまずかっただろうか。
でも見渡した限り、この近辺にバランス良く食べられるようなお店が見当たらなくて。
デートのつもりなんて、全く無かったんだけれど……。
「俺は、みわは十分魅力的だと思うけどね。女としても、人間としても」
「いえ、そんな……お気遣い頂いて、すみません」
……閑田さんは、相変わらずどこまでが冗談なのかが分かりづらい。