第82章 夢幻泡影
冷たいお水を流し込むと、今は夏なんだなって実感する。
冬になると、この暑さも少し忘れてしまうんだよね。
どうしてひとって、忘れてしまうんだろう。
……私も。
「とは言え、新しいバッシュ買ったって走れねーんだけどな」
閑田さんは、野菜の甘酢あんかけを口に運んでから、少し自嘲めいた表情を浮かべてそう言った。
「……休むのは今だけです。また、思いっきり走って頂きますので、今の内にゆっくりして下さいね」
大きなプレッシャーに、今は表現出来ないような苛立ちや葛藤が彼の中にはあるはずだ。
でも、酷くなる前にしっかりと静養すれば、必ず以前のようにプレー出来るようになるから。
「……みわってさ、なんか自信なさげだと思ったらすげー自信で説得してきたり、掴み所がないとこがあるよな」
閑田さんは、じとりと目を細めて私に視線を送ってきた。
「そう、ですか?」
えっと……突然そんな事を言われても、全く思い当たる節はないのだけれど。
「ただのわたあめかと思ったら、割り箸が中に刺さってたみたいな感じ」
……わたあめ。
なんだか、閑田さんの口からその可愛らしい単語が出てくるのが不思議だ。
「……ふふ、なんだか面白い例えですね」
口にしたらすぐ溶けてなくなってしまうのは、確かに私らしいのかもしれない。
もっと、噛みごたえのあるしっかりした人間になりたい。
「とりあえず俺は、みわの他人行儀な喋り方がくだけるのを第一目標にして頑張るわ……」
「え……硬い、ですか……?」
「自覚がないって事に驚いて、ひっくり返りそうになるくらいにはね」
その言葉に、逆にこっちが驚いている。
チームの皆とはだいぶお話するのにも慣れてきて、飲み会の時とかも落ち着いて話せるようになってきたんだけどな……。
「彼氏とはもっとフランクに話すんだろ?」
その台詞で、ぼけていた頭が覚醒した。