第82章 夢幻泡影
「実物履きたかったんだよな、んー……」
試し履きをしている閑田さんは、マットの上を行ったり来たりしている。
その瞳の輝きは、少年のよう。
確かに、とっても格好良いデザインだ。
……でも……
「……あの、差し出がましいとは思うんですが……」
言おうかどうしようか迷って、意を決して話しかけた。
「ん?」
「閑田さんの足の形だと、これだと少し幅が狭い気がします。どちらかというと、こっちの方が」
閑田さんの足は幅が広くて甲高だから、この細めのデザインでは、走っているうちに足が圧迫されて痛んでしまわないかという不安が頭をよぎった。
「……そっか」
閑田さんは、私が指したバッシュを手に取って、靴裏から靴底から、くるくると見定め始めた。
やっぱり余計な事、だっただろうか。
気に入ったバッシュを履いた方が気持ち的にはいいのかも……。
「あの、すみません……折角お気に召しているのに」
「いや、そういう意見が聞きたくて連れ出したんだし」
閑田さんはさして気にしていない様子で、店員さんにサイズの在庫を出して貰った。
「ん、確かにこっちのがさっきのより圧迫感ないな」
「あの、モチベーションも大切なので、最初のでも……」
「どう? 似合ってる?」
「とっても、お似合いだと思います。ユニフォームにも合った……」
「気に入ったわ。これにする。待ってて」
「あっ、え、はい」
彼はニッコリ笑いながらすんなりとそう言って、お会計を済ませてしまった。
「みわ、サンキューな。練習前にメシでも行こうぜ」
「……はい」
良かったんだろうか。
私の意見で変えた……んだよね。
なんだか、申し訳ない……。
「なんで弱ったウサギみたいな顔してんの。みわは自分の観察力とデータをもっと信用した方がいい」
「え……」
「俺は気に入ってるよ。みわが選んでくれたやつ」
「ありがとうございます……良かった、です」
閑田さんは優しいから、気を遣ってくれたんだろう。
どういう風に伝えたら、もっと気持ち良くお買い物が出来たかな。
まだまだ、勉強だな……。