第82章 夢幻泡影
「閑田さん、おはようございます」
翌日午前、野田駅。
閑田さんと待ち合わせをした。
デートなんて言うから驚いてしまったのだけれど、聞いてみるとただバッシュを新調したいからというお話だったみたい。
相変わらず、からかわれているんだ。
「おー、おはよ。つかそのカッコ」
「……変、ですか?」
「いや、変とかじゃなくてさ……」
今日の練習は夕方からだし、すぐ移動出来るようにと、柔らかい素材で速乾素材のTシャツとパンツスタイルで来たんだけれど……。
閑田さんは、鮮やかな色づかいのシャツにジーンズと、練習着とは異なる印象の格好だ。
持っているのがスポーツバッグじゃないだけで、こんなにも雰囲気って変わるんだな。
「……いや、いーや。行こ」
閑田さんは、ガシガシと髪を乱してから歩き出した。
少し天井が低めに感じる地下道を抜けて、青い外装のビルに辿り着いた。
思えば、大阪に来るようになってスポーツショップに行くのは初めてだ。
いつも、東京に戻ってから行きつけのお店に行くから……また涼太と、行きたいな。
贈ったバッシュを大切にしてくれるのは嬉しいのだけれど、消耗品だからきちんと足を守ってくれる適切なものに定期的に買い替えて欲しい。
閑田さんは慣れた様子で店内に入っていって、店員さんに挨拶をした。
常連さんみたいで、店員さんも閑田さんの名前を呼んでいた。
「おー、これこれ」
どうやら目をつけていたものがあったみたいだ。
赤と黒がベースとなっているデザインのそれは、かつて火神さんが履いていたものと良く似ている。
青峰さんに貰った事もあるってお話してくれたこともあったな。
ふたりとも、海の向こうで頑張っているんだろうか。
海の向こうと言えば、涼太は海外旅行に行きたいね、って言ってた。
国内も海外も、行った事のない場所ばかりだ。
新しい場所に行くと、それだけ新しい発見がある。
楽しみだな。
「どう?」
「あっ、はい」
いけない、心ここに在らず、だ。
気がつけば閑田さんは、試着を済ませていた。