第82章 夢幻泡影
事前にトレーニングコーチと相談して決めていたメニューを閑田さんに伝え、彼はトレーニングマシンへと腰掛けた。
「みわ」
「はい」
「みわは、どういう男が恋愛対象なわけ」
「……え?」
目の前のマシンと、その言葉の温度差に、うまく言語回路が作動しない。
そもそもこの機械はまだまだ使い慣れているとは言えないから、間違えないように気をつけなくちゃ。
「彼氏にするならどんな男?」
「閑田さん、もっと広く……肩幅と同じ位の場所を持って下さい」
「お、おう。……って無視すんなって」
「あ……申し訳ありません、練習に関係ないお話だったので、どうお答えしようか迷ってしまって……」
「謝るなら教えて。どういう男が恋愛対象?」
「……恋愛、対象」
恋愛対象……。
そう言われて頭の中を切り替えてみたけれど、なんにも浮かばない。
浮かぶのは、涼太の顔だけだ。
「私、男のひととお付き合いする気はないので……恋愛対象、というものが分からないんです」
「黄瀬涼太って男じゃなかったんか」
もっともらしい質問を受け取ってしまった。
変……だよね。私自身、うまく説明なんて出来そうにないもの……。
「いえ、そういう意味じゃなくて……彼以外とは、恋愛というもの自体が考えられないんです」
そこまですんなりと答えてしまってから、気が付いた。
以前揉めた事があるとはいえ、涼太との関係を普通に会話に出してしまって良いものなのかどうか。
「あっ、あの、彼との事は口外しないで頂けませんか、お願いします」
さっきから一方的にお願いしてばかりだ。
もっと慎重にならなければいけない事なのに、気が緩んでいたんだろうか。
「それは、みわ次第かな」
「私、次第?」
「うん、みわ次第」
「あの、それは具体的にどういう」
「んー……」
閑田さんは、嬉しそうに微笑んだまま考え込んで、ゆっくりと口を開いた。
「俺と一日デートしてくれたら、考えよっかな」