第82章 夢幻泡影
翌日の朝練で、その違和感の正体に気がついた。
「閑田さん……少し、いいですか」
水分補給のための小休憩の時間に、私は閑田さんを呼び出した。コーチには予め伝えてある。
私達は、誰もいない会議室……出来る限り人がいない場所へ。
「みわからふたりきりになりたい、なんてお誘いを貰うとは思わなかったな。色っぽい話だと嬉しいんだけど」
正直、ふたりきりになるのは、あんまり気が進まないけれど……ううん、今はそんな事を言っている場合じゃなくて。
「足……右足を、見せてください」
私の言葉に、彼の顔に張り付いていた笑顔が凍りついた。
「……なんで?」
「足、痛むんですか」
「だから、なんで」
ハッキリ否定はしなくても、いつもより強い語調のこの問いはつまり、肯定だ。
「いつもよりステップの時にもたつくと思って……右に傾く時に庇っていますよね、足首を」
ほんの些細な動きだけれど、いつもと違うのがちゃんと分かる。
どこか不調がある時、無意識の内に動きや態度、表情に出てしまうものだ。
「……」
「痛めたんですか、見せて下さい」
「いや、痛いわけじゃない。なんとなく違和感があるってだけだ、問題ない」
「閑田さん、待ってください」
会議室から出て行こうとするその進路を塞ぐように立ちはだかり、両足のふくらはぎに触れた。
朝のウォーミングアップとシュート練習後とは思えない筋肉の張り。
私は知っている。こうなってしまう原因を。
「……閑田さん、オーバーワークです。組まれたメニューの他に、時間外で走り込みや練習をしているんじゃないですか」
見上げた際に見えたのは、ほんの少し動いた眉間と口元。
「大会が近いんだから、当然だ。みわなら分かるだろ」
「……はい、分かります」
あれから何年経っても、忘れない。
忘れる事なんて出来ない。
「強すぎる責任感でチームを背負って、オーバーワークで故障して……試合に出場し続ける事が出来なくて、どんな思いをするかを、私はよく知っています」