第82章 夢幻泡影
そのまま、流れる水のような滑らかさで唇が重ねられた。
いたずらが成功して喜んでいる子どものような表情とは裏腹な、官能的なキス。
左の乳房を揉んでいた手が、ピタリと動きを止める。
何かおかしなことをしてしまっただろうかと一瞬不安になったけれど、気持ち良いところを的確に刺激してくる舌遣いに、頭の芯がぼやけてきてしまう。
「……すげえ、ドキドキしてるんスね」
「……え……?」
「心臓がドクドクいってんのが響いてくる」
……心臓?
…………の動きが伝わるということは……。
「むっ、胸が、ないから、だよね」
「ぷ、なぁに言ってんスか、関係ないって。心臓はここなんだし」
「あっ」
左胸の下辺りまで大きな手は下りてきて、また静止した。
涼太は一言も発さず、こちらを見つめたまま。
右手に神経を集中させているんだろうか……このドキドキが伝わってしまっていると思うと、これ以上ないくらいに恥ずかしい。
「わ、私も」
無駄に湧き出てしまった対抗心で、涼太の左胸に触れた。
とく、とく、とくと肌に伝わってくる心音。
少し……速いよね。
涼太も、ドキドキしているんだろうか。
目を閉じると、彼の鼓動が近くに感じられる。
とく、とく、とく、とく……生きて、るんだ。
黄瀬涼太という人間が、目の前で生きている。
その事実が物凄く非現実的なような気がして、そんなわけないんだけれど、なんだか胸がいっぱいになる。
「……なんか恥ずかしいっスね」
「で、でしょ?」
「みわ」
「ん……っ」
頭のてっぺんから足の先まで、まるでじゃれ合うかのように触れ合って……笑い合って、お喋りして……恥ずかしいけれど、とっても幸せな時間。
他のなにものにも代えられない、大切な大切なひとだ。
それからも私たちは、時間が把握出来なくなるくらいに交わって、抱き合って……気が付いた時には、太陽が上りきっていた。