第82章 夢幻泡影
唇に触れていた熱が離れていく。
名残惜しさを感じつつも、瞼を上げると目の前の涼太と目が合った。
「今日は、拒否られなかったっスね」
「う……」
へへっ、と笑う姿はいたずらっ子の少年そのものだ。
今になって、恥ずかしさが波のように押し寄せてくる。
「……今日の宿泊費は、私が」
「ぶはっ、ブレないっスねえ」
甘いキスに流されてはいけないと、頭の中に思考として辛うじて留まっているそれを投げかけた。
……雰囲気、ぶち壊しかな……でもでも、譲れないもん……。
「うーん……」
気分を害してしまったかと心配したけれど、涼太を取り巻く雰囲気は全く変わっていない。
涼太は私の前髪を指先にくるくると巻いて遊んでから、こつんと額を重ねてきた。
キスと変わらない近さに、心臓がまた大騒ぎを始める。
「じゃあこうしよ、今年のクリスマスプレゼント、すっげえ高価な物おねだりするから金貯めといて」
「……クリスマス?」
「なんにしよっかな、ブランド物のバッグとかでもいいっスか?」
「も、もちろんだよ、涼太が欲しい物があるなら、商品名を教えて貰えれば」
「じゃ決まりっスね! この話はおしまい」
「えっ」
「今まで通りがオレは一番いいんスよ。時々出してくれればじゅーぶん」
「うう……」
どうしよう、承諾していいものなのか……ブランド物のバッグがどのくらいの相場なのかが全く分からないけれど、出して貰っている額に届くとは到底思えないんだけれど……。
「……これも、思い出すんスかねえ」
「思い出す?」
「なんか、場所に記憶がくっついてる感じがするんスよね」
「それ……私も」
記憶と場所が紐付いている……その感覚、凄く良く分かる。
涼太と並んで歩いた場所、ここではあんなお話をしたとか、そういう……
「あ、ここはみわとエッチした場所だとか」
「ぶっ」
ワインを口に含んでいなくって良かった。