第82章 夢幻泡影
「みわは払うって言うけど、別に全部オレが払ってるワケじゃないじゃねースか」
「ううん、殆ど涼太に払って貰っちゃってるよ……」
「いいんだって」
「よ、良くないもん!」
ああ、押し問答がしたいんじゃないのに。
でもでも、はいそうですねと譲れなくて。
柔軟に考える思考回路も、ちょっと、いやだいぶ緩んでしまってるみたいだ。
「美味いっスね、これ」
「う、うん」
確かに、果物のおかげでフルーティーな甘みのついたワインは、何杯でも飲めてしまいそうなほどに、するすると喉を通っていく。
心なしか、火照った頬も鎮静化してきた。
涼太は、こういう会話っていうか場の切り替えみたいなものが上手くて……いつも彼のペース。
見習わなくちゃいけないんだけど、そう簡単に真似出来るものでもない。これはきっと彼の才能のひとつなんだろう。
「嬉しいんスよ、オレ」
「……え?」
涼太は、まるでワイングラスに語りかけるかのように、前を向いたままそう呟いた。
「オレは、みわと一緒に居ると楽しくて楽しくて、めちゃくちゃ幸せなんスわ」
「わ、私も!」
「そんなヒトと一緒に居られるってことがもう、すげえ嬉しいんスよ」
「私も!」
慌てて、ちょっと被せ気味に言ってしまった。
だってそれは、私のセリフだ。
涼太にはこんなにも幸せを貰ってる。
「みわも……?」
「うん」
薄暗い照明の中、覗き込んで来た涼太の瞳は、微笑みながら微かに潤んでいるようにも見える。
「ホントに?」
「本当、だよ……」
目が合ったまま……ゆっくりと、唇が重なる。
お店の中なのにとか、誰かに見られたらとか、そんな理性はどこかに流れ出てしまっていた。
静かな、静かなキス。
あったかいくちびるが、全てを溶かしていってしまう。
そして、ほんのり香るアルコール。