第82章 夢幻泡影
「疲れちゃったっスかね」
この質問が、私がついた大きなため息のようなものが原因だと気がつくのに、数秒の時間を要してしまった。
「……あっ、違うよ! なんか、噛み締めてしまったというかなんというか」
ん?と少し首をかしげながら微笑む涼太は、ランプの灯りの影響なのか、いつもよりも陰影が濃く、深くて、絵画みたいだ。
「楽しんで貰えてるなら、良かったっスけど」
「うん……すっごく、楽しい」
口当たりの良いカクテルは、お喋りをしながら少しずつ飲んでいたつもりなのに、あっという間に底をついてしまった。
「次、何飲むっスか」
「うー……ん」
開いたメニューに目を通して、アルファベットとカタカナの羅列に視線を走らせても、なかなか脳みその中に保存された情報と結びつかない。
お酒を飲むようになったものの、まだ回数なんて片手で足りる程度だし、味の違いも分からない。
ビールは少し苦かったとか、日本酒はお酒って感じだったとか、カクテルはジュースみたいっていう抽象的すぎるものしかなくて。
「……おまかせしたい、って言ったら困る?」
「ぜーんぜん。じゃ、オレがテキトーに頼むっスね」
「うん、ありがとう。お願いします」
涼太はメニューに目を通すと、さして迷う事なく注文を済ませてしまった。
「今度、どこ行こっか」
「……このお店を出たら?」
「ううん、次の休み」
「……? おうちでゆっくりしなくて、いいの……?」
今日は特別だ。
こうやってネズミーランドに連れて来て貰って……でも涼太はまた明後日から忙しい日々。
お休みの日は身体をゆっくり休める時間なのに。
それに彼のことだ、練習以外にもきっと沢山の予定があるに違いない。
「うん、みわとあっちこっち行きたいんスよ。ふたりにしか分かんない想い出作りたいって言うか……あんまうまく言えないんスけど」
また、何か気にさせてしまっているんだろうか。