第82章 夢幻泡影
「綺麗な音楽だね」
「そっスね〜」
金管楽器みたいな硬めの澄んだ音が奏でる音楽は、まるでガラスの迷路に迷い込んでしまったような気分にさせる。
でも、それは不快感や不安のない迷子。
うまく表現出来ないけれど、これから何が起こるのかというより、楽しい事が起こるのが予め分かっているみたいなドキドキ感。
全体的に照明が絞られているから、水面は黒く蠢くスライムのように見えるだけで、覗いてみてもなんの情報も得られないみたいだ。
頭上も真っ暗で、一体天井がどこにあるかも分からない感じ。
でも、なんだかワクワクする。右隣に座っている涼太の口元も、少し緩んでいる。
最初の角を左に曲がると、木のオブジェが目に入ってきた。
ぴょこり、太い枝の陰から顔を出したのはリスのキャラクターだ。
『ようこそ!』
座席の下から突然そんな声が聞こえた。
驚いて音がした辺りに触れると、小さな穴がいっぱい開いている……スピーカーになっているみたい。
リスさんは、枝の上を右、左と駆け抜けて、もう一度こちらを見てからひょいと幹の穴に隠れてしまった。
「……行っちゃった」
「次はなんスかねえ」
船はすぐ右カーブに差し掛かり、目の前が……ひらけた。
「わ」
眼前いっぱいに広がるのは、ビビットにパステル……色という色が全て揃っているんじゃないかと錯覚してしまうほどの、本当に沢山の色たち。
まるでおとぎの国みたい。
森があったり、お城があったり、街があったり……それぞれの場所で、パークのキャラクター達が楽しそうに動いている。
一番近くに見える庭園のようなスペースでは、お茶会が開かれている。
頭上から降り注ぐのは、世界的に有名な音楽。
「たったひとつの世界」を表現し、世界平和を願う曲だ。
胸元が、ぽかぽかと温かくなる。
目の前にあるのはお人形さんたちなはずなのに、そこには命があるように感じるんだ。
空間全部が、幸せを象徴したような。