第82章 夢幻泡影
「行くの初めてって、意外っスねえ」
「うん、記憶にある限りでは、初めて……」
記憶にある限りでは……その表現を聞いて、無神経に聞いてしまったかと心配したけど、みわの表情は明るいままで、安心した。
ネズミーランドガイドブックを買っているあたり、みわらしい。
相変わらず何にかけても全力で、勉強熱心で。
分からなくてもいいって、ちゃんと言っておいてあげれば良かった。
きっと、あれやこれやと気にしていたに違いない。
一緒に過ごせればいい。
楽しい時間を共有できたら、それだけで。
深夜とは言え、都内の道路は眠ることを知らない人々で溢れている。
隣のみわを見たいけど、まだそれは叶わなそうだ。
時々ちらりと様子を窺うだけ。
オレも、ネズミーランドは久しぶり。
黒子っちたちとか、センパイたちとか、行こう行こうといいつつも、なかなか時間とタイミングが合わなかったりだった。
思えばみわは、殆どキャラクター物を持たない。
私物はシンプルな無地の物ばかりだ。
一度本人に聞いてみたことがあったけど、キャラクター物が嫌いなわけではなくて、なんとなく選ぶといつも無地になってしまうんだって。
別に個人の好みにどうこう言うつもりはないけど、苦手なわけじゃないなら、思いっ切り付き合ってもらおう。
「ごめんね、いつも運転させちゃって。疲れてるのに」
「ぜーんぜん気になんないっスわ」
信号に合わせて停止すると、カチカチ、とプラスチックが擦れ合う音がして、視界の左端に肌色が入り込んで来た。
「ありがとう……飲む?」
「ん、さんきゅ」
差し出されたペットボトルを受け取って、ぐいとあおる。
飲み慣れた水が口腔内を潤して、体内へと流れ込んでいく。
好きなんだけど、コンビニやスーパーじゃ売ってないミネラルウォーター。
わざわざ用意してくれていたらしい。
適度に潤った唇を、そのまま隣にある少し乾いた唇へと重ねた。