第81章 正真
「閑田さん」
全体練習の後、体育館で居残り練習をしている閑田……さんを見つけて、思い切って声を掛けてみた。
彼は、満足気に瞳を細めて口を開いた。
「やっとその呼び方が定着しそうだな」
「う」
今日休憩中に彼の事をうっかり"閑田さん"と呼んだところ、周りの選手が"おめでとう! 脱・選手呼び"と騒ぎ出してしまったのだ。
……そしてもう今更呼び方を戻すに戻せなくなってしまったという……。
「組んでくれたトレーニングメニュー、ちゃんとやってるよ。自分でも引き締まって来たのが分かるし」
「あ……はい、それは見れば分かります。あの、お声掛けしたのはそうではなくて……」
「ああ、これ?」
閑田さんが体育館へ入った時、やはり大騒ぎになった。
当たり前だ、昨日までなんともなかったのに、今日来たらこの顔になっているんだもの。
時間が経っても、まだ口もとの痣は痛々しい。
「……あの、それ……」
思い切って声を掛けてみたものの、どうやって話を持っていくかまでは考えていなかった。
焦ってしまった結果だ、ばか……。
慎重に聞かなきゃいけないのに、どうしよう。
「……あの」
「みわの予想通りだよ」
「え……」
聞きあぐねていると、閑田さんはそう言った。
表情に翳りはない。
予想、通りって……
「俺も、あの日の事は反省してる。軽率に、みわの事傷付けて……本当に、ごめん」
そして閑田さんは、深々と頭を下げて、じゃあ、とだけ言って去ってしまった。
心臓が、ドキドキと脈打っている。
やっぱり、そうだったんだ。
恐れていた事が、また。
気持ちの行き場がなくなって、震える手でスマートフォンを手に取った。