第81章 正真
「あ、ここ、空いて、たんだ部屋」
謎の倒置法を使いながらの会話に、涼太は爽やかな微笑みを向けるだけ。
「うん、丁度空きあったみたいなんスよ」
空港とか新幹線の停車駅の近くのホテルじゃなくて良かったのかな……と一瞬頭をよぎったけれど、私に合わせてくれた……のかな。
食事、もっと大きな駅まで出てするべきだったかな……。
「みわ、何階?」
「私は3階だよ」
お互いフロントで鍵を受け取ってから、ロビーでまた合流した。
ビジネスホテルだから、旅行の時に泊まるような雰囲気の建物じゃなくて、通るお客さんもスーツ姿が多い。
涼太は、エレベーターホールへ行こうとせずにキョロキョロと辺りを見渡した。
「階段にする?」
気遣う、とか心配そうに、とかじゃなくて。
まるで息をするように出たその質問に、泣きたい程の感情が湧き出てくるのを感じる。
「……ううん、大丈夫。エレベーターで行けるよ」
「ん、そっか」
取られた手があったかくて。
申し訳なさと嬉しさと説明しきれない感情がない交ぜになって、どんどん胸の中を圧迫していく。
深呼吸をして乗り込んだエレベーターは無人で、空調の音だけが耳に響く。
途中停止もする事なく3階へと辿り着いて、涼太も当たり前のように一緒に降りた。
「部屋の前まで送るっスよ」
「ありがとう……」
通行人のいないビジネスホテルの廊下は酷く無機質に感じる筈なのに、何故だかそれも気にならない。
このひとと歩く世界はいつもあったかくて、色がいっぱいなんだ。
307号室の前で足を止めて向き直ると、涼太はいつもの笑顔だった。
その口からじゃあねという言葉が出る前に言いたい事を言わないと、もう言えない気がして。
「あの、涼太……今日は、楽しかった。ありがとう、貴重な時間」
「こっちこそ、突然押しかけてゴメン」
繋いだ手がスッと離されて。
「あっ、の、お茶でも、飲んで行かない?」
その長い足が踵を返そうとした瞬間、私の口から言葉が零れていった。