第81章 正真
「……ぷ、くく」
ふたりきりになったホテルの正面入り口で、どうにも笑いがこらえきれなくなったらしく、涼太は手の甲で楽しげな声をかき消した。
ふたりのあの会話を遮ったのは、他でもない私だ。
「……俺は帰るよ。これ以上みわを怒らせたらどうなるか分かんないしな」
「みわの怖さはオレが保証するっスわ……気安くみわって呼ぶんじゃねーよとは改めてクギ刺させて貰うっスけど」
その時のふたりのセリフには、それまでのような一触即発の雰囲気は見られなかった。
「……黄瀬涼太さんよ、因果応報、自分がやらかした事の報いは絶対に受けるようになってんだぜ」
「オアイニクサマ、心当たりが多すぎて分かんないっスわ」
そんな一言二言の気になるやり取りをした後、あれだけ燃え上がらんばかりだったのに、すんなりと場は解散してしまったんだ。
ホッと安心したのと同時に、あんな事を言ってしまった事に反省もしていた。
「いやー……オレ、みわに愛されてんだなって再確認したっスわ」
「ごめんなさい、ついカッとなって……」
ああ、穴があったら入りたい。
もう、回想でも思い出しちゃいけないような言い方だった。
「嬉しかったっスよ、ありがと……みわ。体調はどうスか?」
「あ……貧血気味っていうだけだから大丈夫だよ。涼太、ご飯は食べたの?」
「いや、もうすぐに帰るつもりだったっスから」
「え!?」
そう言えば、どうして涼太がここに居るのかをまず聞いてなかった。
「何か……用事で、来たの?」
関西方面でのお仕事のスケジュールは聞いてなかったとは思うけれど……また急な予定を作られてしまったんだろうか。
「明日も練習だよね。新幹線とか飛行機とか……帰りのチケットはもう取ってあるの?」
忙しい合間を縫って会いに来てくれたのに、あんないざこざに巻き込んだ上、みっともない所まで見せてしまった。
「ん〜……まだなんスけど」
「空席確認してみようか」
大阪に来る機会が増えたから、交通機関の予約にも少し慣れた。
空席検索をしてみようとスマートフォンを鞄から取り出す。
次の瞬間、大きな手が画面と私の間を遮った。