第81章 正真
「ちょっと待てよー、秀ちゃんと結婚するってのは嘘だったんかよー」
うっ、幼少期の自分の発言……申し訳ないけれど本当に全く微塵も思い出せない。
「いや、嘘っていうか子どもの頃のお話みたいですし、覚えていないのは本当に申し訳ないのですが……」
でもきっと、閑田選手は言葉ほどこの思い出に頼っていない気がする。
この話をする時の彼の口調は、真剣味が欠けているから。
「みわ、マジで俺の事ちょっとそういう対象になるか見てみてよ、一度でいいからさ」
そう、この言葉の真意も掴みかねているの……彼は、どういうつもりでこう言っているのか全然分からなくて。
「いえ、閑田選手は大切なチームメンバーです。そんな風に見る事は出来ません」
きちんと、お答えしなきゃ。
もしかしたらからかっているだけかもしれないけれど、ただの冗談かもしれないけれど、きちんと。
「分かんねーじゃん、そんな事。俺結構いい物件だと思うよ? 自分で言うのもなんだけど」
……本当に、どういうつもりなんだろう……。
どうしよう、この言い合いには終わりが無さそうだ。
「閑田選手、本当に、」
困ります、って強く言うほどの事態にはなっていない。
閑田選手は練習中にこうやって言ってくる事はないし、普段は本当に普通のチームメイトだから。
でも、こういう時は本当に困ってしまう。
閑田選手を傷付けずにお返事出来る方法ってないかな……。
とりあえず、手を離して欲しいんだけど……
「あの、閑田選手……」
「みわ!」
時が、止まった。
ううん、正確に言うと止まったのは時間じゃなくて、体内の感覚器官の働きだ。
目の前の閑田選手の視線は、私の後方に向けられている。
なんの聞き間違いなんだろうか、って一瞬思った。
だって、今私の名前を呼んだのは。
その、声は。