第81章 正真
「じゃーね、ちゃんとメシ食いなよ。部屋まで持ってったげよか荷物」
「いえ! 大丈夫です! エレベーターという文明の利器がございますゆえ!」
反射的にそう答えたら、閑田選手はまた腹を抱えて笑い出した。
「いやー、みわは飽きないわー。分かった分かった。んじゃまた元気なったらメシ行こうなー。折角もう飲めんだし」
「あ、そうですね。また皆さんと行きたいです」
特別にお酒を飲むのが好き、とかじゃないけれど……やっぱり、機会を設けてコミュニケーションをとるのが大切だ。
もう試合も段々と迫ってくるし。
「うわーその返し、傷つくわー」
「えっ、え?」
眉間に深いシワを寄せて、閑田選手は天を仰いだ。
何か、変な事を言ってしまっただろうか。
「俺とふたりきりはお断りっつーことだよな?」
「あ、いえ、そういう意味じゃ」
そんなつもりは無かった。
ただ、頭の中に浮かんだのが皆で飲んでいる光景だっただけで……。
「……みわさ」
「はい……って、えっ」
閑田選手は、突然私の右手を掴んだ。
そのままその手の甲を、彼の口元に当てられる。
彼の意図が分からなくて、抵抗出来ない。
「ホントに俺と付き合う気は無いわけ?」
「……あの、ですから私にはお付き合いしている方が」
「じゃあ、別れたら考えてくれるんだよな」
「え……」
「彼氏がいなきゃ、俺は対象になる?」
「え、え」
「ねえ」
おかしな流れになっている事をはっきり自覚して、掴まれた手を振りほどこうとしたけれど、彼の力が緩む事はない。
閑田選手が、恋愛対象に?
「す、すみません……考えた事も、ありませんでした」
本当に、これっぽっちも考えた事がなかった。
涼太以外のひとのこと、なんて。