第81章 正真
『みわ、なんかヤなコトあったんじゃないスか』
やっぱりあんな言い訳が通用する訳がなくて、少し高度の下がった声に、ドキリと心臓が騒ぐ。
心配、かけちゃいけない。
「あの、そういうんじゃないの、ただ」
何かいい言葉はないかと考えを巡らせると、さっきまでの悪夢の淀んだ残滓が脳の隅にこびりついているのに気が付いてしまい、言葉が詰まった。
『うん、ただ?』
「あっ……た、ただ、あの……」
やだ、涼太と話している時にこんな記憶に囚われたくない。
どうして頼んでもいないのに勝手に再生するの。邪魔しないで。
「別に、嫌な事があったわけじゃないの……ただ、ね、思い出したくない事ばかり鮮明に覚えているのに、思い出したい事は全く思い出せないな、って思って……」
誤魔化したつもりだったのに、うっかり出てしまったこれは私の本音だ。
どうして、事件の事ばかり覚えていて家族の事は全く思い出せないのか。
こんな風になってしまう自分が、ただただ悲しくて、悔しい。
スピーカーの向こうから応答がない。
しまった、朝からまたこんな話をしてしまった。
「……あ、こんな事が言いたかったんじゃないの。ごめんなさい……あの、この声は鼻炎が」
『みわ、次こっち帰ってくんのいつだっけ』
スケジュールはちゃんと頭に入れてる筈なのに、すぐに出てこなくて慌てて鞄の中から手帳を取り出した。
「次……は、来週の木曜日に帰るよ。今回は結構長めの滞在で」
『次会ったら思いっきり甘やかすから、覚悟しといて』
「え」
『チームの皆とはうまくやれてるんスか?』
「あ……うん、最近はコミュニケーションもうまくとれるようになって」
さっきのは一体、なんだったんだろう?
帰ったらお話聞いてくれようと、してるのかな……でも、気を遣わないでいいのに……。
そこから話題はバスケへと転換して、心底ホッとした。
涼太はきっと私が困っているのに気が付いて、違う話題に誘導してくれたんだろう。