第81章 正真
昨夜、涼太とおしゃべりした記憶はない。
電話をくれると言ってくれていたのに、眠ってしまった。
慌ててスマートフォンを手に取る。
メッセージアプリを開くと、あきからの返信が新着として入っているのみだった。
昨日は紫原さんと飲んでいたみたいだし、楽しく盛り上がって、寝てしまったのかもしれない。
きっとまた時間が出来たら連絡をくれるだろう。
折角の時間を邪魔するような事はしたくないと、スマートフォンのマナーモードを解除してから、ベッドに置いて立ち上がった。
ホテルは嫌いじゃないけれど、ひとりで泊まるにはなんだか無機質で、嫌な事ばかりを連想させる。
身体が勝手にぶるりと震えて、先程までリアルに眼前で展開されていた行為に吐き気をもよおしそうになる。
夢で、良かった。
洗面所の鏡に映った顔は、だいぶ酷い。
いつまで、こんな夢を見るんだろう。
いつになったら、風化してくれるんだろう。
いつになったら、忘れられるんだろう。
泣いちゃだめ。
泣いた顔はすぐ分かる。
まだ朝早いとはいえ、練習までには数時間しかない。
今、こころを乱すわけにはいかない。
大きく深呼吸をして、冷たい水で顔を洗った。
温かいものを飲んで、ストレッチをしよう。
ホテルの中に自販機、あったよね。
時刻は6時を過ぎたところ。
お財布を手に、部屋を出て自販機へと向かった。
ホテルの廊下って、やっぱり少し不気味。
このドアの向こうにはきっと沢山のひとがいる筈なのに、気配が全くしないというか。
エレベータホール脇に設置されていた自販機の所に来るまでに、誰にも会わなかった。
それほど朝早すぎるということもないと思うけれど……。
また余計なことばかり考えている事に気が付き、気を取り直して温かいカフェオレを購入した。
誰もいない部屋に戻って、小さなテレビの電源を入れてベッドの淵に座る。
画面の向こう側では、華やかな服を着たニュースキャスターが、今日の天気を伝えてくれている。
いつもの雰囲気にホッとして、購入したばかりの缶を開けた。