第81章 正真
真っ暗闇の中でどうしたらいいのか分からずに戸惑っていたら、ここだよって温かい手にそっと掴まれた、そんな感覚。
狭い車内で、まるで心臓の音まで聞こえてしまいそうな距離感に、さっきまで渦巻いていた不安が薄れて来る。
「んっ……ん」
触れるだけのくちづけが、段々と色を増して、温度を上げて、水気を帯びていく。
頭の芯が痺れたようにゾクゾクして……蕩ける直前に、濡れた唇は離れていった。
「手が……冷たいっスね」
囁かれたその言葉に、自分が緊張していた事に気付く。
指が絡まっていくうちに、少しずつ涼太の体温が私にうつったみたい。
「ありがとう……涼太。もう、だいじょうぶ」
大丈夫だ。
何も怖がる事なんてないんだから。
小さなお花みたいに微笑んだ涼太は、シートベルトを締めて車を発進させた。
本当に、時間にしたらわずか数分……市街地からひたすら丘を登る様な道を経て、霊園へと辿り着いた。
駐車場の案内の規模からして、かなりの大きさがあるみたいだ。
車は駐車場に停車して、エンジンの停止と共に車外へと出て……目を見張った。
「すげー眺めっスね」
「うん……綺麗」
眼前に広がるのは、真っ青な空と富士山。
ここにあるのは日本一の山である、と声も無く主張する姿は、雄大と表現する他ない。
加えて、その霊園というのが……私が想像していた"墓地"というものと全く異なる景色。
まるでお庭のように整えられた緑と、暑さに負けずに咲き誇る無数の花たちが、ここがどこかという事を一瞬忘れさせてしまう。
「こっちっスよ」
「あ、うん」
景色に呑まれそうになっている私の手を引いて、涼太が連れて行ってくれたのは……中央にある白くて清潔な建物。
入り口を抜けた所にある階段を上って2階に行くと、沢山の仏壇の様な背の高い棚がロッカーのように並んでいる。
涼太に導かれた先には、⦅神崎家⦆と書かれたプレートのついた仏壇があった。