第81章 正真
不思議だ。
お父さんの時間は……何年か前から止まってしまっているのに、私には今より先の時間がある。
生きる、ってなんなんだろう。
死んじゃったら、どうなるんだろう。
まるで一本の映画の終わりのように、プツリと映像が途切れてそこでおしまいなんだろうか。
おばあちゃんも宗教的な考え方がないひとだし、考えた事もなかった。
生と死。
目の前の大切なひととの別れ。
もう、どんなに頑張っても、祈っても、二度と会えない。会話をする事が出来ない。
それがどういう事なのか、おそらく私は実感出来ていない。
……ううん、それを実感するのが怖くて、無意識に避けているのかもしれない。
今だって、お父さんの事を考えようとすると、頭に靄がかかったような感じになってしまって……必死に振り払おうとすると、何故か胸やけみたいに気持ち悪くなって、息が苦しくなって……。
「みわ」
改善しない不快感に惑わされていると、優しい声に続いて、視界が見覚えのない色に染まる。
……それが、涼太の着ていたシャツの色だと気がつくのに、ゆうに10秒はかかった。
今日、彼がどんな服装をしていたのか認識出来ないほど、余裕がなかった事に気がつく。
いつまでもこんなんじゃだめだ。
しっかりしなきゃ。
「無理して気持ちを説明するコトないって、言ったっスけど……いいんスよ」
「……え……今、なんて?」
「言えないからって、説明出来ないからって、その気持ちを閉じ込めないで欲しいんスよ。別に説明できなくていいから、我慢はしないで」
おばあちゃんも、同様の事を言ってくれた。
皆優しくて、優しいひとたちに囲まれてて、なんにも不満なんてない。
それなのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。
どうして、こんな気持ちになるんだろう。
涼太の胸と私の鎖骨の間に挟まれた手に、ぽたりと雫が落ちる。