第81章 正真
「涼太……っ!? えっ、えっ、どうして」
「ほら、暑いから乗って乗って。溶けちゃうっスわ」
「あ、ご、ごめんなさい!」
きっと、開けた窓から車内へと熱気が流れ込んでしまったんだろう。
促され、慌てて助手席のドアを開ける。
優しいお菓子みたいな、小さなお花みたいな香りのする車内へ足を踏み入れると、そこにあったのはいつもの笑顔だった。
「みわ、オハヨ」
真っ暗だった世界に太陽が昇ってきた、まさにそんな感覚だ。
「シートベルトしないと、捕まっちゃうっスよ〜」
「……どうして」
慌ててシートベルトを締めながら再び問うと、涼太は何も言わないまま発車させた。
「ちょっとヒマだったから、ドライブしてたんスよ。そしたらたまたまみわを見つけて」
「……涼太は今日、12時から女性誌の取材、15時からバスケの練習で20時からスポーツ誌の写真撮影のはずだよ」
「……さ、流石っスね」
へへ、と笑いながら顎をぽりぽりと掻いて、それから暫く会話がなくなった。
ゆっくりと、ガラスの向こう側の景色が流れていく。
前方には、真っ青な海に、白い波。 色味の違う青い空には、飛行機が泳いでいる。
どうしても、家族連れの海水浴客が目に入ってしまうのは、情けないとしか言いようがない。
いつも、色んな話をしてくれる涼太も、言葉を選んでるみたい。
……やっぱり、おばあちゃんに聞いて来てくれたんだ。
私も、何から話せばいいのか分からなくて。
おばあちゃんからは、どんな風に話を聞いたんだろう。
私が落ち込んでるから、励まして欲しいって言ってくれたのかな。
こればっかりは、想像しても分かりそうもなくて。
「……あの、ね、涼太。お父さんの事、なんだけれど……」
……続く言葉が、出て来ない。
未だ現実味がなくて、涙も出て来ない。
当然だよね、何の記憶もないんだもの。
それなのに何故こんなに、ショックなんだろう。