第81章 正真
音や匂いには、記憶を呼び起こす力があるんだそう。
確かに、ふとした瞬間に懐かしく思ったり、何かを思い出したりする事って、ある。
自分の感覚器に染み付いた記憶、なんだろうか。
お父さんの記憶に関連している匂いって、あるのかな。
涼太には、沢山のものが結び付いている。
駅から学校に向かうまでの間の潮の香り。
体育館に響き渡るスキール音。
雨の匂いですら、彼との様々な記憶を持っているんだ。
感覚を研ぎ澄ませて生きていこう。
色んなものを感じて、豊かな人間になりたい。
隣に居てくれる、あのひとみたいに。
「美味しい……。いつものおばあちゃんの味だ」
お豆腐と油揚げのお味噌汁……優しいダシの味が寝起きの身体に沁みる。
優しい気持ちになれる味だなぁ。
「みわ」
私の名を呼んだおばあちゃんは、真剣な表情をしていて。
話の内容を、察した。
「はい」
「みわは、お父さんに会ったら何がしたいんだい?」
「何が……」
何がしたいか。
一瞬で無数の言葉が脳内を駆け巡る。
聞きたい事は、山ほどある。
言いたい事はそんなにないけれど、知りたい事もいっぱい。
それなのに、うまく言葉にならない。
何がしたいか。
何を。
何を。
靄がかかったままの、父親の顔を必死で思い浮かべる。
お父さんと……したい事……
「あの……お喋り、したり……?」
お喋りの為に調査会社に依頼して、父親探し?
そんな馬鹿げた事、って思われるよね。
そうだよね、だってお金もとっても使うもの。
おばあちゃんは、反対するのかと思ったら……悲しそうに僅かに微笑んだ。
「そうね、"当たり前"の事がしたいわよねえ」
「ごめんなさい……そんな当たり前の事しか、出てこなくて」
「いいのよ。謝る事じゃない。それが当たり前って思うのは、その人がそれに対して不自由をしていないからだわ。当たり前って、人それぞれ違うんだから」