第5章 ふたりきり
「みわっち……何があったんスか?」
黄瀬くんの目が、真っ直ぐに私を見据える。
……でも私は、その質問に答えることが出来ない。
到底、受け入れて貰えるとは思えない。
だって、あんなこと。
「話し辛いコトなんスね。今じゃなくていいし、みわっちのタイミングでいい。だから、もしオレに話していいと思ったら、いつか話して欲しいっス」
……受け入れて貰えるのだろうか。
ううん、きっと無理。
でも、誰かに受け止めて欲しかった。
この苦しみ。
「聞いて……くれるの……?」
「勿論、オレで良ければ。
でも、無理だけはしないで欲しいっス」
ごくり。
自分でも驚くほどの音で、喉が鳴った。
今まで誰にも、話そうともしなかった事。
どうして、彼には聞いて欲しいと思ってしまうんだろう。
その瞳の引力なのだろうか。
「あの、あの、今から話すこと……信じられなかったら信じなくていいし、うまく言えないかもしれないんだけど……」
口の中が渇いてくる。
「大丈夫っスよ、ちゃんと聞くから」
その温かい微笑みに、肩の力が少し抜けた。
「うち……両親が離婚してて……母とずっと一緒に暮らしてたんだけど……中学になったくらいで、母、に彼氏が、できて……」
どくん、どくん。
大きくなる心臓の音。
「最初は、母が外出するのが増えたって、その位だったんだけど、そのうち、家にも連れてくるようになって……寝静まった、深夜にその……私の……部屋に、来る、ように、なって……」
この事をこんな風に口にしたのは初めてだ。
話をするって、どう頑張っても当時のことを生々しく思い出す。
あの感触。
あの痛み。
あの恐怖。
「う、ご、ごめんなさい、なんでだろ、涙が……」
身体が震えて、息が苦しくなってくる。
涙で声がかすれる。
溢れだしてきて、止まらない。
「……みわっち、無理しないで。聞かせて欲しいなんて言って、ごめん」
黄瀬くんに、いつも謝らせてばかり。
彼は全然悪くないのに。
黄瀬くんは、少し躊躇った様子で優しく抱き締めてくれた。
「……も、大丈夫だから……。話してくれて、ありがとう」
一瞬、身体がびくりと反応してしまったけれども、怖くない。
どうしてかは、分からない。
初めて感じた、優しさ。
知らないぬくもり。
その後は大きな胸の中で泣いてしまった。