第80章 進展
「……分かってるんスよ、分かってる。みわのためを考えたら、ちゃんと……」
涼太はそこで言い淀んで、湯船に顔がついてしまいそうなほど、首を垂れた。
「……分かってるんス、けど」
思い切ったように顔を上げてこちらを見た瞳は、いつもと同じ、強い意志を持った琥珀色。
「面倒でしょ、オレと一緒に居るのって。多分、遠慮もいっぱいさせてると思うし」
「そんなこと」
「デートだって、人混みに行くには変装して、隠れて。別に悪いコトなんか何にもしてないのに、みわにも気を遣わせなきゃなんないし」
「そんなこと!」
さっきからうまく言葉が出なくて、大きく首を横に振った。
まるで、水浴びした後の大型犬みたいになっちゃったかも。
涼太は、そんな私の様子を見て、優しく微笑んだ。
面倒なわけがない。
それを言うなら、私の方が涼太に背負わせたくない荷物を、いっぱい持って貰っている。
私なんかよりも、涼太にふさわしい女性は沢山いる。
私が身を引かなきゃならないの、そんな事はずっと前からよく分かってる。
もしかして、この流れはそういう話……なのかな。
ドクンと心臓が脈打つ。
私と居るの、疲れちゃった、とか……。
「……涼太、それって」
「でも、やっぱりオレはみわと一緒に居たい。他の誰かに代わりは出来ないんスよ」
「……え」
「オレ以外のオトコとなんて、考えられない。想像すらできない。したくない」
彼の口から紡がれていく言葉に、ただ耳を傾けるしか出来ない。
「こんなオレだけどさ、面倒もいっぱいあると思うんスけど……これからも一緒に居てくれるっスか?」
この、贅沢すぎる言葉はなんなんだろう。
不安に揺らいだ心臓が、今度は違う意味を持って脈打つ。
視界が滲んでくる。
「ね、みわ。オレのワガママきいて。うんって言って」
覗き込まれて、言葉が出ないまま2回頷いた。
かろうじて出そうになった言葉は、彼の唇に呑まれていった。