第26章 オンナノコ
「楽しかったっスか?」
遠くで海の音が聞こえるくらい、辺りは静かだった。
「うん、すごく。黄瀬くんは今日、黒子くんと会ってたの?」
「うん、黒子っちと火神っちとストバスコートでバスケしてたっス。その後はマジバで少し喋った」
「黒子くんに会うの久しぶりだよね? 楽しかったみたいで良かった」
「そうっスね。最近はなかなか会う機会ないし。
それにしても、みわっちが買い物なんて珍しいっスね。欲しいもの買えた?」
うっ……目ざとい……。
まあ、驚くのも無理はないよね。
本当に買い物なんてしない人間だから。
「あ、うん、私もたまにはね……」
デートに着ていく服がないから桃井さんに泣きついて選んで貰ったなんて、恥ずかしくて言えやしないけど。
「それでも、帰りが遅いのは感心しないっスわ」
「……ごめんなさい」
「別にオレに謝らなくていいんスけどね。ただ心配ってだけだから」
繋がれた指先に少しだけ力が加わった。
怖い思いをしただろうと、急いで迎えに来てくれたのが嬉しい。
この、ゆるやかで温かい時間が嬉しい。
この人を好きになって良かったって思えるのが嬉しい。
こころが嬉しさで溢れている。
初めての感情ばかりで戸惑う事も多いけど。
この時間が永遠に続けばいいのに。
ついそう思ってしまう。
しかし当たり前だけど時間は有限で、2人の足は私の自宅に到着してしまった。
「じゃあみわっち、また明日ね……って、アンタ、なんて顔してんスか……」
「顔?」
黄瀬くんが私の顔を見て照れたように、顔をほんのり赤くした。
「離れたくない、行かないでって顔に書いてあるっスよ」
「え!?」
咄嗟に両手を頬に当てて表情を確かめる。
分かるわけないんだけど。
「……帰りたくないのはオレも一緒だけど。
また明日学校でね、みわっち」
「うん。……送ってくれてありがとう。おやすみなさい」
外の気温よりもずっと熱い唇とキスをして別れた。