第80章 進展
「ちょっとマナー違反かもしんないっスけど」
涼太はそう言いながら、グラスをそっと重ねた。
乾杯っていうと、グラスをカチャンと合わせているのを想像するけれど、そうじゃないんだ。
「このグラスが重なる音って、魔除けになるんだって」
涼太はその他にも、シャンパンにまつわるお話をいくつか聞かせてくれた。
シャンパンの泡を星に見立てて、【星を飲む】と表現をすることもあるとか。
シャンパンの泡のぱちぱち弾ける音は【天使の拍手】と言われているとか。
涼太は物知りだなぁ、と思ったけれど、きっとわざわざ調べてくれたことも多いはず。
今日のこの時間のために、彼の時間を沢山使ってくれたはずだ。
どうしよう……嬉しい。
まだ食事は始まってもいないのに、もうさっきから泣きそうだ。
「どう、飲めそうっスか?」
「うん、美味しい」
なんていうんだろう、表現が難しい味だ。
以前、一度だけお酒を飲んだ、というか飲んでしまったことがあるけれど、あの時とは全然違う。
マクセさんと参加した合宿、あそこで飲んだお酒は、オレンジジュースの味がした。
でも……フルーティーで、なんとも言えない苦み?渋み?みたいなものが少しあって、でもシュワッと炭酸で和らいでいるから、凄く優しいというか……
「……上手く言えないんだけれど、とっても美味しい」
「そっか、良かった」
一緒にお食事したり、お喋りしたり。
今まで幾度となく繰り返してきたのに、なんだか今日は特別な感じがする。
お酒のせいなのかな?
注文したお肉がやって来て、目の前でシェフが焼いてくれる。
ほんの小皿に乗るくらいの小さなお肉。
おすすめされたわさびで食べると、肉汁がしみ出して来て、まるで溶けるようにふわっとして……
「お、いしい」
ただでさえ豊富でない語彙力が、ゼロになってしまったみたいだ。
美味しい、美味しい以外の表現ってどうしたらいいんだろう。
そう言えば以前、合宿中に涼太が食レポをしていた動画を見せて貰ったな……あんな風に上手く言えたらいいのに。