第80章 進展
「ごめんなさい……」
良かった、涼太は大きな怪我はしていないみたい……。
赤くなってしまった拳に、自分が持っていた氷のうを当てる。
不明瞭な視界の中、涼太があきの彼に殴りかかる姿が、まだ網膜に焼き付いている。
「大丈夫だって、みわ、顔冷やして」
「涼太、お願い……もう、あんな事しないで」
「みわ」
「お願い……涼太の身体、大事にして」
琥珀色の瞳はいつもと変わらない艶めきを維持しながら、ゆっくりと近づいて来て……そっと唇が重なった。
ハッと息を呑んでいる間に終わってしまった、ほんのささやかなキス。
顔同士がほぼゼロ距離のまま、その形の良い唇は耳元へと移動してくる。
「オレはさ、オレの大切なモンを大事にしてるだけだから」
囁くようにそう言った言葉の意味が、すぐには分からなくて。
「でも……オレこそごめん、もう少し早く来れれば」
大きな手が、殴られた頬に触れるか触れないかの微妙な位置で止まる。
触れて……ない筈なのに、その熱を感じるのはどうしてなんだろう……。
「そんな事、ないよ……来てくれて嬉しかった。ありがとう……でも、どうしてここに」
「朝の電話が心配でさ。クソ、もっと早く来れれば良かったんスけど」
「本当に、本当に涼太、気にしないで」
今まで数々の事件で、涼太は自分を責めて来た。
もう、そんな重荷は背負わせたくない。
今回だって、涼太が来てくれなかったらどうなっていたか分からない。
あのまま、階段から落ちて死んでいたかも……。
「来てくれてありがとう。涼太」
涼太は、私の肩に小さな頭を預けると、深い深い呼吸をした。
「……殴られてんの見て、息が止まるかと思ったっスわ……」
その苦しそうな声に、大きな背中に腕を回すことしか出来ずにいた。