第79章 邂逅
「あたしさ、色々考えてたんだよね、今までのこと」
「今までの?」
「うん、彼の事、大好きだったよ。片時も離れたくないくらい、好きだった。……でもさ、段々と変わって行く自分にも気付いてた」
あきは、そう言いながら最後のパンケーキを頬張る。
咀嚼しているのはパンケーキなのか、行き場の無い想いなのか。
「彼が、あたしの事愛してくれるのは当たり前で、甘やかしてくれるのは当たり前になってた」
思えば、あきと彼の事は、今まであまり詳しく聞いた事がなかった。
いつも、うまくいっているものだと勝手に思い込んでいたんだ。
「日常のほんの些細な事もそう。お金は全部彼が出してくれる。送り迎えは当たり前のように車でしてくれる。セックスだって、彼がしたい事に全部合わせて。年上だからって、あたし甘えてたんだと思う」
ふたりとも、大人の付き合いをしているように見えていた。
だから、あきのこの話は、私が思いもしないものだった。
「今回の事でそれが浮き彫りになったんだよ。あたしのそれは愛じゃないもん。彼を都合良く使ってただけ。たまたまこんな事になったから改めて気が付いたけど、あたしにだって悪いトコいっぱいあった」
「あきは悪くないよ!」
どんな理由があっても、それが暴力を振るっていい理由になんかならない。
めいっぱいの抗議の気持ちを込めてそう言ったんだけれど、あきは分かってるよ、とでも言いたげに優しく笑んだ。
「あ、ううん、ごめん。それだから暴力を振るわれても仕方ない、って言ってるわけじゃないよ。ただ、こうなる前にあたしも思いやれるとこがいっぱいあったと思う」
その表情は、間違いなく終わりに向かっている。
「もう……元通りになるつもりは、ないの?」
「うーん……元通り、ねぇ……」
あきは、コーヒーカップを様々な角度に傾けながらぽつりと漏らした。
「割れたガラスはもう、元通りにはならないんだよ」
傷ついたこころは、元通りにはならない。
何もなかった事にはならない。
身体の傷はいつか治癒するかもしれないけれど、こころの傷はいつまでも膿み続ける。
皮肉にも、誰よりもそれが分かっているのが私だ。