第79章 邂逅
「みわ、あんがとね」
ホテルに戻り、お互い自分が使うベッドの上で荷物の整理をしていたから、うっかり聞き逃してしまいそうだった。
ささやかに、でもどことなく存在感のある声音で、あきはぽつりとそう漏らした。
「うん? 何が?」
「……何にも、聞かないでいてくれて」
あ……
ズキン、痛む胸。
やはり私の選択は間違いだったんだと、苦言を呈してくれた閑田選手へ改めて感謝の念を抱く。
「ううん……本当はね、今日、お話聞いてあげなきゃ、聞いてあげなきゃってそればっかりだったの。でも、チームメンバーに教えて貰って考え直したんだ。だから、お礼なんて言って貰える立場じゃないの」
私は感謝されるようなこと、何にもしていない。
それなのにありがとうと言われるのがなんだか申し訳なくて、正直に話した。
あきは、その整った顔をくしゃっと崩して笑った。
「あんたのそういう所、好きだわ。不器用で正直でさ。嘘とかつくの、馬鹿らしくなる」
「そう……?」
そう言いながらガサガサと、あきがコンビニの袋から取り出したのは缶ビールとおつまみ。
そして、いつの間に買ったのか、横に缶ジュースを並べた。
「ちょっと吐き出したくなったかも。付き合ってくれる?」
「……もちろん!」
あきのタイミングで。
あきが話せると判断したところまで。
それから暫くあきは両手で缶を包み込むようにして掴み、大きく深呼吸をしてからプルタブに手をかけた。
プシュ、と缶から空気が抜けた音がスタートの合図になったようで、あきはゆっくりと語り出した。
「……最初はさ、本当に、本当に、なんてことないやり取りだったんだよね」
ゆっくり、少しずつ、途切れ途切れに。
いつもの彼女からは想像出来ないような、迷いながら言葉を紡いでいる感じ。
窓の外から見える車のテールランプだけが、絶えずに流れ続けていた。