第79章 邂逅
「いきなり席立って帰るって、そりゃないだろ。流石に俺だって、そんな事されたら傷つくんだけど」
言われて、やっと気が付いた。
彼の言う通りだ。
食事についてきたのは自分なのに、突然先に帰ると言い始めて……彼に失礼だ。
断るなら、ちゃんと話して断るべきだったのに。
「すみません……あの、座るので、離してください、手」
手の震えには気付かれていない筈。
私が荷物を再び椅子の上に置いたのを見て、彼はようやく手を離してくれた。
「みわさ、オトコ知らないんしょ」
「え……」
「全然慣れてないって感じだもんね。いいよ、別に恥ずかしい事じゃないし。オトコは経験少ない女の子の方が嬉しいもんだよ」
グサリ、何気ない言葉が胸に突き刺さる。
「……いえ、私お付き合いしてる方、いるので」
「あーそっか、イケメンの彼氏ね」
はいはい、と言って笑う姿……彼は、何をしたいんだろう。
とても、私と友好的な関係になりたいとは思えない。
彼の言葉の裏側が、読めない。
「とりあえずさ、申し訳ないと思うならお茶一杯付き合ってよ」
クイ、と彼が親指で指した……店外後方には、緑のロゴが特徴的な人気のカフェ。
観念して頷こうとした途端……ポケットの中から振動を感じた。
この長さ……メッセージじゃない、着信だ。
画面は見てないのに、誰からの連絡か、なんとなく分かってしまった。
「すみませんあの、電話かかってきたみたいで……ちょっと待っていて貰えますか」
「荷物置いて行くならいいよ」
慌てて立ち上がった私を牽制するようなその言葉。
言葉もなく頷いて、店外へ向けて走った。
「も、もしもし!?」
『みわ? 今忙しかったっスか?』
やっぱり、スピーカーの向こうから聞こえてきたのはいちばん聞きたかった声で。
「ううん……牛丼、食べてたの」
『そうなんスか? ひとりで? てっきり皆とメシ食ってんのかと思ったけど。節約とか言って単品食いはダメっスよ。みわは自分のコトになると無頓着だから』
耳の中に流れていく音が心地よすぎて、頬を伝う熱いものに気付いたのは、暫く経ってからだった。