第79章 邂逅
「みわ……ねえ、記憶がないって、マジな話?」
彼は、ようやく食事の手を止めてこちらを真っ直ぐに見た。
私は、うまく言葉が出なくて、大きく頷いた。
初めて、だ。
こんな風になって初めて、私の家族の近くに居た人に出会った。
「……マジかー……卒業アルバムとかないの? いや、俺転校したし載ってねえや」
卒業アルバム……というか、私が小学生や中学生だった頃の荷物は、おばあちゃんの家で預かって貰っている。
私が無闇に過去の事を思い出さぬようにと、押し入れの奥にしまってあって、そう簡単には見れないようになっている筈。
「手紙のやりとりったって、長い事やってたわけじゃないしなー」
「あの、」
教えて下さい、と再び言おうとして、背筋にうすら寒いものが走った。
こんな風に聞いて、彼の口から出た言葉が想像もしないものだったらどうするつもりだろう。
お父さんの事に関して、何も覚えていないんだ。
お母さんの事だって、分からない事ばっかりで。
こんな動揺したこころのまま、聞くべきじゃない気がする。
「いいよ、みわ。ゆっくり話そう」
彼が、今までとは異なる落ち着いた口調になった。
真剣に、話を聞いてくれるんだろうか?
「ありがとうございます。私もこころの準備をしてから、ゆっくりとお話して頂きたいです」
「じゃあ、新幹線は明日の朝イチに変更して」
え?
遂には聞き返す言葉も出なくなった。
今、彼はなんて言った?
全く会話とは関係ない事が……
「ホテル取るから。
今日一緒に夜を過ごしたら話してあげるよ」
先程の彼の言葉の意味がやっと分かって、頭がカッと熱くなる。
お財布から一番手前にあったお札を引き抜き、テーブルに叩き付けようとして……ぐっと堪えてそっと置いた。
荷物を抱えて、出口を目指す。
私を呼ぶ声が背後から聞こえた気がするけれど、もう二度と振り返らなかった。
駅までひたすら、ひたすらに走った。