第78章 交錯
涼太はカップの中身を飲み干すと、既に飲み終わっていた私のカップも手に取り、手際良くカップを2つ洗ってしまった。
慌てて追いかけたけど、時すでに遅し。
水切りカゴにカップを置く時の指の動きがなんだか綺麗で、思わず見惚れる。
この長い指で、ボールを掴んでるんだなあ……。
はっ、モデルもやってる彼に水仕事をさせるなんて!
慌てて、キッチンカウンターの上に常備してあったハンドクリームを手渡す。
「ごめんね、涼太! あのこれ、ハンドクリーム使って」
「ん、大丈夫っスよ」
「でも、手が荒れたら大変」
「サンキュ、じゃあ使うっスわ。……あ、これ前にオレがあげたヤツの新しいバージョンだ。違う?」
「うん、そうだよ。感触が好きでずっと使ってるんだ」
フランスのブランドなのかな?
あきは知ってた。女性に人気なんだって。
おしゃれラベルが貼ってあるポンプボトルに入ったハンドクリームは、シアバター配合でしっとりするけれどべたつかず、甘すぎないフローラルな香りも良くて。
今まで、寒い時期はいつも手がカサカサしていたのに、これを使うようになってからはそういう事がなくなった。
今ではすっかり愛用品になっている。
自然派コスメのメーカーらしく、お店の中ではいつもキョロキョロ不審人物になっちゃうのがちょっと恥ずかしいんだけれど……。
「気に入って貰えたなら嬉しいっス」
「あ……うん」
そう言ってはにかむのは、反則。
見ているだけで幸せになる、笑顔だ。
嬉しい。
涼太が、ここにいる……。
「ごちそーさま。じゃ、オレ帰るね」
「えっ」
まだ、来て数十分しか経ってない。
会話らしい会話だって出来てないのに。
「みわはホラ、オレが帰ったらすぐ横になるんスよ」
私の身体を気遣って、だ。
そもそも、お見舞いに来てくれた。
涼太は忙しいひとなのに。
もう、時間も遅い。
いつまでも引き留める方が迷惑だ。
我慢。一緒に居たいなんて、ただの我儘。
「うん……来てくれて、ありがとう」
やっと絞り出した声は、笑っちゃうくらい小さかった。