第78章 交錯
「ただいまぁ」
暗い空間に発した声は、誰かに受け止められる事もなく闇に溶けていった。
玄関に、あきの靴はない。
そっか……確か、今日は遅くなるってメッセージが入ってたっけ。
ひとり暮らしをしていた時を思い出す。
"おかえり"って、あったかい言葉なんだなあ。
リビングを抜けて自室のドアを開けると、スマートフォンが着信を告げる。
画面には、さっき別れたばかりの偉大なる先輩の名前。
「はい、神崎です」
『おう、わりいな。さっき言い忘れてたわ』
「はい、なんでしょうか……?」
わざわざすぐに電話をしてきてくれたんだ、急ぎの用かもしれないと、脱ごうとしていたコートの前を再び合わせた。
『今回の大阪での話……きっとオマエも黄瀬も色々思う所はあるだろうが、迷うなよ』
迷うな。
私のこころの中の僅かな揺れを感じたような言葉に、足が止まる。
『今自分がした決断が正しいかなんて、誰にもわかんねえんだ。
でも、いつかそれが分かる時が来る。
その時の為に、その時に後悔しないように、今は余計な事考えずに、思い切りやれ』
この決断が正しいかどうかは、誰にも分からない。
未来は、誰にも分からない。
でも、もう絶望に塗り潰されてたあの時代とは違う。
私は、前を向いていいんだ。
「ありがとう、ございます。私、やれるだけやってみます」
『オマエなら出来るよ。頑張れよ』
信頼というものは、これ程までにひとを強くするのか。
電話を切って、すぐにコートを脱いだ。
電池の減ったスマートフォンを充電ケーブルに繋いで、ブラウザを立ち上げる。
近くにあるドライビングスクールを調べ、サイトから資料請求。
それと、手頃な値段のノートパソコンやタブレット端末について調べて……スポーツトレーナーやスポーツ栄養学、様々な事を調べているうちに日が変わってしまっていた。
スマートフォンには、涼太からの応援メッセージが届いていた。