第78章 交錯
「よし、じゃあこの話はおしまい。質問は?」
「え、質問……」
「はい、受付時間終了ー。喉渇いたっスね、なんか飲も」
涼太は、私の両肩に添えていた手を離すと、伸びをしながら軽い足取りでキッチンへ向かってしまう。
「りょ、涼太……!」
彼を追いかけようとして、慌てて立ち上がろうとしたから……足がもつれてバランスを崩して転びそうになった。
「ん? なんスか?」
振り返った涼太の目は優しくて、キッチンに立つ姿が格好良くて、まるで彼の周りだけ、映画のワンシーンを切り取ったかのように感じられる。
涼太が時々醸し出す非日常感に、まだ慣れない。
「私、このことで年始からずっと悩んでて」
悩んで、悩んで。
朝から晩まで必死に考えて、色々な選択肢を出して、でもどれもうまくいかなくて。
もっと、なんていうか、涼太に話したら修羅場……じゃないけど、解決までに時間がかかるものだと思っていて。
打ち明けられた涼太もきっと頭を悩ませるだろうとか、傷つけてしまうかもとか、もしかしたら喧嘩になっちゃうかもとか、えっと、とにかくそういう心配ごとがいっぱいあった筈、なんだけれど。
「そっか、もっと早く聞いてあげれば良かったっスね」
「こんな……あっさり決めちゃっていいのかなって」
「アッサリじゃねえっスよ。みわがどんな気持ちで悩んで、今踏み出そうとしているかは分かってるつもり」
こちらを見ずにそう言う涼太の手にはふたつの真っ白いマグカップ。
作業台に並べられたカップを見て、何故か凄く泣きたくなった。
このひとと、一緒に居るんだ。
並んでいるんだ、そう思えて。
気付いているのかいないのか、涼太はお茶を淹れ終えるまで、こちらを振り返りはしなかった。
遅めの夕飯は、湯豆腐にした。
時間は有限。
話している間にも、笑っている間にも、会話がない間にも勝手に進んでいってしまう。
このひとと過ごす一瞬を、無駄にしたくない。