第78章 交錯
シンクの上にある電灯のヒモを引っ張って、電気をつけた。
涼太が気を遣ってくれて、部屋の中は真っ暗ではないんだけど……薄暗い中でうっかり手を滑らせて食器を割りでもしたら大変だ。
「好きに使っていいっスよ」
「うん、ありがとう」
水切りカゴに置いてあった、青地にピンクの花が咲いている夜桜柄のマグカップを手に取る。
電気ケトルに水を入れて、スイッチを入れた。
まだ、心臓がドキドキしている。
これは、朝感じたドキドキとは違う種類のもの。
落ち着かないけれど、幸せな色を湛えたものだ。
でも、涼太が大変な時だというのに、ひとりこんな風に動揺してしまって恥ずかしい。
お湯が沸くまでのたった1分弱の時間が、永遠のように感じられて、そわそわしてしまう。
沸騰の合図としてパチッと自動でスイッチが切れた。
慌ててマグカップにお湯を注ぐ。
別に、急ぐ事ないのに。
ふうっと表面に息を吹きかけると、ふわっと湯気が顔を包んだ。
そう、涼太の香りもこうして香った。
どうして涼太は、私のこころを簡単に乱してしまうんだろう。
そして、香りって……ひとにこんなにも作用するんだな……何か、有効活用出来たりしないかな。
そんな事を考えながら、お湯をひとくち。
温かい湯気に包まれると、自然と呼吸が深くなる気がする。
「オレも飲もっかな」
「!?」
突然の背後の気配に、マグカップを落としそうになる。
大きな手が、私の手ごとカップを掴んだ。
「あぶね、大丈夫っスか?」
「あ、だい、じょぶ」
「驚かせちゃった? ごめんね」
びっくりしすぎて、心臓がまた止まりそうになった。
「みわ、何飲んでんの?」
私、身長は170センチ近くあるのに、涼太の目線はまだまだ上。
すらっとした長身に、均整の取れた肉体。
つい、見惚れてしまう。
「みわ?」
「お湯……飲んでるの」
「ぷ、お湯っスか? お茶でも淹れればいいのに」
「あ、笑った! 寝る前の白湯っていいんだよ、後は朝起きてからとか、トイレの後とかに飲むと身体にいいの」
「へえ、そうなんスね。オレもやってみようかな」
軽口のように聞こえて、このひとはちゃんと受け止めてくれる。
おおきな、ひとだなあ。