第78章 交錯
室内に篭った冷気を少しでも追い払いたくて、ガスストーブを付けた。
カチカチカチという機械音に続いて、点火する音。
すぐに温風が吐き出されて空気が暖かくなる。
暫くつけておいた方が良さそうかな。
「おばあちゃん、ちゃんと寝ててね」
「本当にごめんなさい、みわ。折角の黄瀬さんとの約束が」
部屋の中央に敷いた布団に横たわっているのは、マスクをしたおばあちゃん。
「大丈夫だよ、気にしないで。私、居間で勉強してるから、何かあったら携帯に電話してね。すぐ来るから」
「ごめんね、みわ。ありがとう」
何度も謝るおばあちゃんのお布団をかけ直して、おばあちゃんの部屋を後にした。
うん、外にも出れないし、ゆっくり集中して勉強しよう。
淹れてきたお茶を持って座布団に体重を乗せた途端、震えるスマートフォン。
おばあちゃん? それとも……
頭に浮かんだ愛しい黄色の幻影に一瞬気を取られたけれど、画面に表示された名前に驚き、慌てて通話をタップする。
「はい、神崎です」
『間久瀬だ。年末の忙しい時に申し訳ない。掛け直すと言っておいて、なかなか出来なかった』
「いえ、こちらこそ先日はお忙しいところ、お電話してしまってすみません。どんな御用だったんでしょうか」
そう、あの日マクセさんからお電話頂いて、夜に掛け直したけれど、丁度お忙しかったようで、折り返しの連絡を待っていた。
『単刀直入に言おう。キミに、大きなチャンスを持ってきた』
「……チャン、ス……ですか?」
『キミは、怪我をした選手を見れば一目で分かるのか?』
その質問に、ギョッとした。
「い、いえ、そんな凄い能力はありません! ただ、いつもより動きが違うとか、そういう点に気付きやすいというだけです……! それも、初対面の方とかじゃなくて、普段一緒に居る方なら、という条件付きです!」
ビックリした。
私に、相田リコさんのような素晴らしい特技はない。
なんとなく普段との違いに気付ける、そのひとを取り巻く空気の違いに気付ける、その程度のものなのだ。
誰から聞いたのかは知らないけれど、マクセさんは勘違いして、私を過大評価してしまったんだろうか?