第77章 共栄
「オレたちの事はいいけどさ、あきサン、彼氏サンとはどうなんスか?」
牛乳が入っていたグラスの水滴をなぞりながら洗い物をしているあきサンに話しかけたら、いきなりガチャン、と皿の割れる音。
「ちょ、あきサン!?」
「あ、もうやだ、急に話しかけるから手が滑っちゃったじゃん、黄瀬のアホ!」
「え、オレのせい!? 急にって、今まで会話してたのに!」
「あんたのせいに決まってんでしょ、もー!」
「理不尽!」
ああ、この感覚、ちょっとだけ笠松センパイに似てる。
あきサンの場合、シバかれるっていうよりも殺されそうだけど。
少しの間、無言になる。
その後に聞こえてきた音からして、早速新聞紙を広げて破片を拾っているみたいだ。
「あきサン、手伝おうか」
「平気」
「そっか」
かしゃん、かしゃん。
割れた陶器が擦れる独特な音だけが、リビングに響く。
みわはあの音でも目を覚まさなかったみたいだ。
やっぱり、相当疲れた……よな。
「あたしさ……あんたの、そういうトコ嫌いじゃない」
かしゃん、かしゃん。
合間に呟かれた言葉は、あまりにも意外で。
オレの事は全面的に良く思われてないと思ってたけど、どうやらそうでもないらしい。
「ん? どういうトコ?」
「みわ以外には基本的に冷たいトコ」
「だから、手伝うって」
「ううん、そうじゃなくて。あんたさ、目の前に1,000人の人がいて、みわと天秤にかけられたらどうする?
みわが助かるか、1,000人の人が助かるか」
?
質問にもなってない質問だ。
「みわを助けるっスけど」
「でしょ。迷いなくそう選べるトコ、嫌いじゃない」
くしゃくしゃと新聞紙をまとめて、ビニール袋に入れる音。
「でもね、みわは自分を犠牲にしてその1,000人を助けようとする……それが、心配なのよ」
「……そうっスね」
オレは、何人見殺しにしてもみわさえ生きてくれてればいい。
非道だと言われようがなんだろうが、それだけは変わらない。