第77章 共栄
お風呂上がりにマッサージとストレッチをして、色んな事をおしゃべりして。
ああ、幸せな時間はあっという間。
「みわ、忘れ物ないっスか?」
「うん、大丈夫」
十分に堪能したお部屋を後にする。
広くて長い廊下には、ひとの気配はない。
もう、私たちが最後だったのかな。
それでも、ロビーに出るとあちらこちらにお客さんの姿が見えた。
待っててと言われ、キョロキョロしながら歩いていると、朝お会いした女将さんが見えた。どうやら、他のお客さんのお見送りを終えたようだ。
涼太とはまた違う、ほっこりと柔らかい色の花が開いたような笑顔。
40代……くらいかな。お母さんと同じくらいの年代かな。
上品な着物に身を包んだ姿は、和風美人。
立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花……そんな言葉が合いそうな品の良さ。
「ありがとうございました」
早すぎもせずゆっくりすぎもしない、心地よい声でのご挨拶に、思わず見惚れてしまう。
きっと、この方の背筋を伸ばしているのは……信念と、誇りだ。
だからこんなにも美しい。
道を究めるというのは、かくも果てない事だけれど、行き着く先はこんなに強くて、目を奪われるほどに美しいんだ。
高校生の頃からずっと思っていた事だけれど、彼の横に並べるように、強くなりたい。
涼太に沢山愛されて、その想いは日毎に強くなっていく。
貰った気持ちをお返しするためには、今何が出来るんだろう。
やっぱり、今はがむしゃらに頑張るしかないのかな。
「みわ、お待たせ」
「あ、ありがとう、涼太」
涼太は丈の長いダウンコートにその身を包んで、優雅に歩いて来た。
ボストンバッグを肩に引っ掛けている様は、見紛う事なく、モデルだ。
彼は女将さんの存在に気付いて、爽やかに微笑んで言った。
「温泉、最高でした。また来ます、ふたりで」
普段の口調ではない、少し堅めの喋り方。
「ありがとうございます。是非、またおふたりでお越し下さい。お待ちしております」
そのやり取りに何故か胸が熱くなって、私は「ありがとうございました」とだけ、やっと伝える事が出来た。