第77章 共栄
「……なぁんて、ね」
「……へ」
ペロリと私の下唇を舐めた彼のその表情は、いたずらした子どものそれだ。
左胸を触っていた手も、何事もなかったかのように離れ、トントン、と突っついたのは……心臓。
「ヘンな事されてないなら、いいんス」
バクバク、心臓はまだ騒いでいる。
なに? 今の、悪ふざけ?
び、び、びっくりしたぁ〜……。
「さ、行くっスよ。シートベルトしてね」
「は、はい」
さっとシートベルトをする姿が、様になっている。
その動きにもうっかり見とれてしまい、自分のシートベルトが疎かに。
焦って勢い良く引っ張ったら、ストッパーがかかったみたいにベルトが出てこなくなってしまって、また笑われながら手伝って貰った。
緩やかに流れていく景色。
土地勘がないから、どの辺りを走っているのかは見当もつかない。
ちらり……隣には、運転している涼太。
だめだ、全くもって集中出来ない。
左右を見て、サイドミラーに目をやって、バックミラーを見て。
そんな些細な動きですら、心臓を止める要因になりかねない。
だって、格好良すぎて。
ハンドルを回す、ハンドルを握ったまま中指と薬指でウィンカーを出す……もうひとつひとつの動作が、格好良い。
そして、信号で停車すると……時々不意打ちのようにキスをされる。
「みわ、赤いワンピース、可愛いっスね」
「え、あ、ありがとう」
こちらにちらりと横目で視線を流して、また前を向く。
涼太の一挙手一投足に、胸がうるさいくらいドキドキして。
「クリスマスにピッタリ。似合ってるっス」
その一言で射抜かれる。
大通りに出た。
周りはまだ、下町の風景。
交差点にある大きく青い看板に、行き先が書かれてる。
車は新宿方面へ向かっているらしい。
「楽しい1日になりそうっスね」
まだこんなに明るいのに、私、今からこんなんで、1日もつのでしょうか……。