第76章 清新
「んっ、っ、んん」
啄んで、擽るように撫でて、まるでからかわれているかのようなキス。
さっき灯された火が、また勢力を増してくる。
「ん……涼、太……聞かない、の?」
私のその質問に、不思議そうに首を傾げて。
「何を?」
「いつ、から、忘れてたのか……とか」
涼太と出会った時……あの時は、7月はインターハイ前の過酷な時期だから、余計な事を考えさせたくない、ってそう思って、咄嗟に「誕生日は暫く先」って言っちゃったんだよね。
それで、傷害事件があって……気が付いたら、誕生日は3月って勘違いしてた。
多分きっかけは、あの刺された時だ。
理由なんて分からない。
記憶障害が、こんな所にまで影響してたなんて。
でも、別に今まで困った事、なかったんだ……まさかそんな所を間違えて覚えてるなんて、カケラも思ってなかったから。
「オレは気にしてないっスよ」
再び重なる熱。
あっさりとしたその口調に、焦りを覚える。
「おっ、怒っちゃった……?」
ころん、琥珀色の瞳がまあるくなった。
「いや、今までみわの誕生日、祝えてあげられてなかったのはショックだけど……今年からはちゃんとお祝いするからいいんス、過ぎた事は」
「う、嘘ついてたって、怒らないの……?」
「これは嘘とは違うっしょ。オレ、ちょっとやそっとじゃもう揺らがないよ」
強い。
強くて、優しい瞳だ。
「……変だと、思わない?」
「んー、何十年も血液型A型だと思ってたのに、オトナになって検査したらB型だった、みたいなモンじゃないスか?」
「それとはまた違う気が……」
するする、大きな手が頬に触れて、追いかけるように唇がやってきて。
「ん……」
すり、と首筋を這う指が気持ちいい。
涼太の口調も指も、どこまでも優しい……。
「でもみわは、口に出す事でやっと消化できるタイプなの、分かってるし。聞くっスよ、なんでも」
「……そもそも私、誕生日を祝って貰うのが好きじゃなくて。家でお祝いして貰った記憶もないし……」
「そうなんスか」
「うん、今までどうしてたかとか……ううん、そもそも小さい頃の記憶がないからそれは適切じゃないかもしれないけど、覚えてないの。自分の誕生日にどう過ごしたかを」
7月7日をどう過ごしたか。
全く思い出せない。