第76章 清新
「この間、入院したでしょう? その時に、腕に巻いていた患者用バンドにそう書かれてて……抜けてるよね私、保険証をちゃんと見てなかったのかなあ。疑いすらしてなかった」
……自分の誕生日を忘れるなんて、聞いたことない。
多分、昔7月7日に何かあったのか、3月のその日が誰か大切なヒトの誕生日だったのか……
何が正しいのかは分かんないけど、きっとみわの防衛本能によって改ざんされてしまった記憶なんだろう。
「なんだろうね、本当に」
寂しそうに、諦めたように笑うその身体を、思い切り抱きしめた。
些細な事でも、傷付いて欲しくないのに。
現実はこんなにも、無慈悲で残酷で。
「……んじゃ、七夕はこれから毎年お祝いっスね」
「私たち、誕生日凄く近かったんだね」
華奢で、オレよりちっこい身体。
世間は男女平等とか、そーゆー難しい事言われてるけどさ……。
この細い身体を、愛しいヒトを、大切に大切に、守ってあげたいと思うんだ。
それってすごく、自然なこと。
「涼太……はい、どうぞ」
ゆっくりと、みわがケーキの乗ったフォークをオレの口に運ぶ。
みわのように、ほんの少し酸っぱくて、その後に優しい甘さがふんわりと続く。
「……どう?」
「うん、なんスかね、惑星の味がするっつーか」
「え、ええ!? 美味しくなかった!?」
オレの一言一言で動揺しちゃってさあ。
「はは、ウソウソ。ウマイっスよ」
「なんだぁ〜……良かった」
ホッと眉毛が下がって、困ったような瞳から送り出される視線がぶつかって。
ゆるり、唇が重なった。
いつもより甘酸っぱい、カシスの香りと共に。