第76章 清新
厄日、なのかな。
大切なひとの大事な大事な誕生日。
何が何でも、お休みを貰えば良かった。
彼女を探しに行かずに、すぐ上がれば良かった。
そんな事ばかり考えてしまって。
だめだめ。後悔なんてしちゃだめ。
夜は、明るい気持ちも全部、隠しちゃうから。
ずっと会いたかったのに。
もっと、ゆっくり一緒に過ごせるはずだったのに。
「……かさ、かさ」
折りたたみ傘を入れて来たはず。
バタ、バタと容赦なく襲ってくる雨の粒が、身体と荷物を濡らしていく。
「……あれ、入れたはず、なんだけど」
なんで見つからないんだろう。
このままじゃ涼太に貰った鞄も、買って来たケーキも濡れちゃうよ。
視界が濡れて、揺れて、鞄の中が良く見えないんだ。
プレゼントで手も塞がってるし、ちょっと不便。
傘、車から降りる前に出しておけば良かった。
入れたはずなのに、おかしいなあ。
……こんなはずじゃ。
下を向いていると、目から雫が、たれちゃう。
早く、傘、傘。
こんなに荷物が少ない鞄なのに、なんで見つからないの。
「……こんな、はずじゃ……なかった、のに」
この頬を濡らすのは、雨だ。
だって、強くなるって決めたんだもん。
この3ヶ月、涼太に会えなくても、新しい生活を精一杯、自分なりに頑張ってきた。
少しでも前に進めるように。
自分がなりたい自分になれるように。
いつでも、昨日の自分より進化出来るように。
ゴソゴソと鞄を探り続けていると、雨が止んだ。
手元が、影が落ちたかのように真っ暗になった。
……ううん、ザアザアと落ちてくる水の音は途切れてない。
じゃあ、この影は……
「ごめんね、遅くなって。大丈夫っスか?」
その、声は。