第76章 清新
あの事件があってから、スカートは履いていなかった。
人前で肌をさらすのが怖くて、少し気温が上がっても長袖を羽織り、長いパンツを履いて、目深に帽子を被って。
でも、そんなんじゃダメだって。
いつまでも、自分で自分を縛っちゃいけないって思い立って、少しずつ格好も変えた。
少しずつ、前に向かおうって。
なのに……
それは、間違いだったのかな。
頑張ろうとしたのは、間違いだったのかな。
急いで、鞄の中からハンカチを取り出そうとして……やめた。
こんなに気持ちが悪いものを、ハンカチにつけたくない。
代わりにポケットティッシュを数枚出して、ゴシゴシとスカートを拭う。
べたりと付着した白濁液を見ているだけで、まるで犯されたかのような絶望感に支配される。
じわり、目の前が滲んできた。
泣いちゃダメ。
今は、泣いてる場合じゃない。
ウエットティッシュで、手も拭いた。
行こう。
今は何も考えずに、行こう。
涼太に会いたい。
はやく、あいたい。
そう、強く思うのに、足が動かない。
まるで地面に足が埋まってしまったかのような、誰かに足首を強く掴まれているような。
「神崎さん?」
頭にかかり始めた靄を吹き飛ばしてくれたのは、知っている声。
男性にしては少しだけ高めの、理性的な声。
ゆっくりと振り向くと、後ろの正面には、スーツ姿の男性。
なぜだろう、このひとのスーツ姿には、恐怖感を感じない。
優しくて、でもどこか冷たくて。
不思議なひとだ。
高級そうな漆黒のスーツに対比するかのような赤い髪が、宵闇に浮かぶ曼珠沙華のようで……美しい。
何故、彼がこんなところに?
「赤司……さん?」
「黄瀬は一緒じゃないのかな」
私の頭からつま先までを見て、そのひとこと。
彼に会う為の格好だと一目で見抜かれてしまったという事だろうか。
深い深い瞳の色は、相変わらず全てを見透かしているかのようだった。