第76章 清新
すぐに整骨院へ、彼女が見つかった旨を連絡し、私は駅へ走る。
無事なら、もうここにいる理由は何もない。
とにかく走って、走って、走る。
絆創膏貼った筈なのに、足はズキズキ。
駅に着くと、時間はもうすぐ18時になろうとしていた。
実に、予定よりも2時間近く時間を食ってしまった事になる。
バカバカ。
電光掲示板を見ないまま、ホームへ入って来た電車に飛び乗った。
乗った時には車内は閑散としていたけれど、主要駅に停車する度に、車内の人口密度がどんどんと高くなっていく。
そうか、丁度帰宅ラッシュの時間。
隣の人との距離が、段々近くなる。
スーツ姿に、心臓が騒ぎ出す。
我慢、我慢。
乗るのが遅くなったのは、自分の責任なんだから。
大丈夫、大丈夫。
大事な物を入れているポーチを、鞄の中でぎゅっと握った。
順調に2回乗り換え。
後はこの電車に1時間ほど乗れば、涼太の家だ。
途中で下車して、ケーキを買って。
……でも、乗ってから3駅も過ぎると、車内はあっという間に満員になってしまった。
普通の女の子よりも身長の高い私は、他の女性よりも頭一つ分は飛び出ているから、酸素を取り込むのに問題はない。
でも、自由にスマートフォンを弄れるような余裕は無くて、行き場のない視線を車内の吊り広告へ向ける。
《梅雨を楽しもう!》と書かれた広告には、一面真っ青の写真が使われている……海だ。
水族館の広告。
涼太と水族館……いいな。
行ってみたいかも……
そんな空想で気を紛らわせていると……お尻に、違和感が。
え?
ギクリとして全神経を集中させても、その正体が何かが分からない。
柔らかい鞄のような気もするし、たまたま当たってしまっているだけかもしれない。
空いている空間を目指して、身を捩らせた。
お尻に当たっていたものが離れてホッとしたのも束の間……ついて、きた。
……これ、痴漢だ。
怖い。
気持ち悪い。
次の駅に着いたら、一旦降りる?
うん、ここに1秒も乗っていたくない。
車両を変えよう。
そう思っていたのに、走っていた電車は、突然その動きを止めてしまった。
『先ほど◯◯駅におきまして〜、人身事故が発生いたしました。
この電車は〜、現在発車を見合わせております。皆様には、大変ご迷惑を……』
足下が抜け落ちていくような感覚。