第76章 清新
終業まで、あと5分。
いつもは気にした事もないのに、今日は数分おきに時計を見てる。
今日は、涼太のお誕生日。
本当は朝から会いに行きたかったんだけれど、スタッフのご親族の突然の御不幸で、シフトの交代をお願いされてしまって。
元々少人数の職場だ。
こういう時はお互いさま。
16時に仕事が終わったら、このまま電車に飛び乗って涼太の家に向かう。
途中のターミナル駅で、ケーキを買って。
今年は、手作りじゃないの……ごめんなさい、涼太。
家に取りに戻る時間すら、惜しくて。
本当なら、作る予定だったんだけど……。
職場の冷蔵庫が、もっと大きければ良かったのにな、と八つ当たり。私、嫌な奴。
涼太がうちに来てくれる、という提案もあったんだけれど、今日はあきの彼がお泊りに来るみたいで。
出来れば、一緒にならない方がいいよね、という事で涼太の家にお邪魔することにしたんだ。
ああ、あと少し。
待ち遠しい。
「院長! 彼女、戻って来ましたか?」
「いや、まだだよ」
院長とスタッフの女性が、何かお話ししている。
「おかしいな、こんなに遅いの……なんかあったのかな?」
ちょっと、不穏な空気。
どうしたんだろう?
「みわちゃん、あの子買い物から戻って来てないよね?」
「はい、会ってません。まだ戻って来てないんですか?」
2人が言う"あの子"は、最近入ってきたスタッフさん。
今日はお昼を食べに行くついでに、院内に置いておく雑誌や飴などを仕入れてくるって言ってたけど……。
「うん、まだ帰って来てないのよ」
「もう、4時……ですよね。携帯に電話しましょうか」
「それが、持ってってないみたい。休憩室に置いてあったのよ、携帯」
12時半に最後の患者さんが入って、それが終わってからだから……3時間近く経っている。
流石に、時間がかかりすぎじゃ……
ここまで考えて、嫌な記憶が蘇る。
高1の夏、買い出しに出た際にカラオケボックスに連れ込まれて……の事件。
まさか、そんな……ぶるり、身体が震えるのが分かる。
「みわちゃん、ごめんねもう上がりなのに。ちょっと周りを探すの、手伝って貰えない?」
ちらり、時計を見て……頷いた。