第76章 清新
深夜の部屋に響くのは、しっとりと耳に馴染む、ケーキのスポンジみたいに柔らかくて優しくて、甘い声。
『今日、決勝の観戦に行ってたんスよ。
帰りにみわんトコ行こうかなって思い立って、ビックリさせようと思って。
でも留守じゃ意味ないよなって、あきサンにコッソリ連絡取ったらさ、寝込んでるって言うから』
そうだった。
涼太とあきは、気軽にやり取りが出来る仲だった。
もしかして、普段のだらしない姿も筒抜け?
あくびしながらポリポリ頭掻いたり、お風呂場に下着持って行くの忘れて、慌ててタオルを巻いて部屋に駆け込んだり、ご飯食べながらウトウトしたり。
……うう、確認する術がないや……。
『どうっスか、体調?』
「もう大丈夫。熱も下がったし。2日間、丸々寝込んじゃったの……」
『たまにはゆっくりしろって、カミサマが言ってんのかもしんないっスね』
ううん、元はと言えば、1日ゆっくりしたあの日がいけなかったんだと思う。
もう少し、計画的に休みの日の予定を考えないとだめなのかもしれない。
これがなければ、準決勝だって観に行けたし、今日だって……
ああ、まただ。
だめだと思ってるのに、後悔ばかりがぐるぐる渦巻いて。
「ごめんね、ごめんなさい。折角、折角来てくれたのに」
『いいんスよ。オレが勝手に会いたくなっただけだから』
わたし……私も、会いたかった。
会いたかったよ……。
口に出すと、どんどんどんどん溢れてきてしまいそうで、言えない。
会いたい。
会いたいよ。
「……っ、もう、来月まで会えないかな」
平然を装って明るい声を出したつもりが、上ずってしまう。
『……そっスね……オレは新人戦があるから、難しいかもしんねぇっスわ』
「……そう、だよね。まだ学校も始まったばかりだし、やらなきゃいけない事いっぱいあるよね」
『ごめんね、みわ』
「謝らないで! それは私も同じだから。
お互い、頑張ろうね!」
精一杯の明るさで。
頬を濡らすものには目を背けて。
その日は、後悔で押し潰されそうになりながら、通話を切った。