第76章 清新
慌てて飛び出したせいで、ドアに足をぶつけて、ちょっとつんのめった。
そんなの、どうだっていい。
だって、さっきまで私の部屋に居たのは……
「涼太!」
部屋を出るなりそう叫ぶと、ダイニングテーブルで雑誌を読んでいたらしいあきが、目を見開いてこちらを見た。
その他の人影はない。
テーブルの上に置いてあるカップも、ひとつだけ。
「……え、何? みわ、どした?」
「涼太が……涼太が、来てたんだよね!?」
「アイツ……どこが分かんないハズ、だよ。ソッコー気付かれてんじゃん」
その呟きは、肯定。
やっぱり、涼太が来てくれてた!
「涼太!」
どこ?
お風呂? トイレ?
「待ちなって! もう結構前に帰ったよ、終電なくなるからって」
「え……」
言われてリビングに掛けてあるシンプルなモノクロの掛け時計を見上げると、もう日が変わろうとしている。
確か、涼太の家の最寄駅までの最終電車は、22時半頃発車だったはず。
……既に彼は電車の中。
そんな、そんな、折角来てくれたのに。
あれだけ眠れなかったのに、なんでそんな時ばかり、寝ていたんだろう。
バカ、バカ、ほんとバカ。
「落ち着きなよ、もう。あんたが穏やかに眠ってるから、アイツも安心してたよ」
「何、何か他に言ってた?」
「ん? 最近どうって、一言二言話しただけだけど。ずっとあんたの部屋に居たみたいだし」
「そんな……」
なんで目が覚めなかったんだろう。
ずっと会いたかったのに。
「でも、顔色良くなったじゃん。楽になった?」
「うん……もう、だいじょうぶ……ありがとう……」
部屋に戻り、スマートフォンを手に取る。
涼太からの連絡は入っていない。
メッセージアプリを立ち上げて、少し考えてから言葉を送った。
"涼太、お見舞いありがとう"
すぐに既読マークがついて、驚いている犬の可愛いスタンプが送られてきた。
"あれ、分かっちゃった?"
"分かるよ。
私が疲れた時に飲みたいって
言ったジュース、食べたいって
言ったお菓子、全部全部、私が
好きな物ばかり…。
知ってるの、涼太だけだもん。"
"はは、そっか。
帰ったら電話していい?"
何故か、涙が止まらなかった。